黒魔術部の彼等 キーン編1


室内は遮光カーテンで区切られており、外の世界と断絶されている。
中心には複雑な模様をした魔法陣、周囲を取り囲む青白い炎の蝋燭。
怪しすぎるこの空間で、一人は薄笑いを浮かべて魔法陣を見つめ、一人は心配そうに眉をひそめ、一人は静かに本を読んでいた。

「我は求め訴えり・・・さあ、召喚されよ、悪魔■▲?●●!」
不思議な言語で、黒装束の少年が悪魔の名を呼ぶ。
そのまま数秒、特に何も起こる様子はない。
「おかしいですねえ・・・条件は整っているはずなのですが」
「キーン、もしかして月の暦を間違っているんじゃないか?」
キーンと呼ばれた黒装束の少年は、袖口からさっとカレンダーを取り出す。

「今日は新月のはず・・・・・・おや、これは去年のカレンダーでしたねえ」
キーンはカレンダーをゴミ箱に放り、蝋燭を消して回る。
部屋が暗くなるともう一人が電気をつけ、また本に目を落とした。
「環境を整えるのに夢中で、単純なミスをしてしまいました。ソウマさん、ご指摘ありがとうございます」
「うん、まあ、気付けてよかった」
ソウマは残念なような、ほっとしたような、複雑な表情になる。
この黒魔術部に入った以上、肩を落とさなければならないのだけれど
本当に、とんでもない悪魔が出てきたら腰を抜かさずにいられるだろうかと不安にも思っていた。

黒魔術部の部長、キーンはこんな感じでも成績は学年一優秀、運動神経も良い。
それなのに、この趣味のせいで周りからは敬遠されている、勿体無い逸材だ。
「このままじゃあ引き下がれませんねえ。今から皆さんで屋上へ行きましょう」
キーンは箒を持ち、ディアルと共に部屋を出る。
嫌な予感がしたけれど、それはそれで面白そうだった。


特殊なピッキングで鍵を開け、三人は屋上へ出る。
キーンは床に怪しい魔法陣を描き、上に箒を乗せた。
魔法陣は紫色にぼんやりと光り、箒に色を移す。

「この魔法陣の浮遊の力が移れば、すいすい空を飛べるはずです」
「空を飛ぶ道具なら、他に販売されてるんじゃ」
「箒で飛ぶのは魔法使いのロマンですよ」
キーンは箒を手に取り、屋上の端へ行く。
そして、箒にまたがると迷わず飛び降りた。

慌てて覗き込むと、息を呑むほどの高さをキーンは垂直に落ちていく。
すいすい飛べる様子はまるでなく、地面が近づいていく。
このままだと骨折では済まないとはらはらしていたとき、ディアルが手をかざした。
瞬間、キーンの体がぴたりと止まり、上へ引き戻される。
屋上へ戻ると、キーンは平然と箒から下りた。

「今日は上手くいきませんねえ。では、次はソウマさん、どうぞ」
「えっ」
「部員の一員なのですから、挑戦してみてくださいな」
仮にも、黒魔術に興味があると言って入った手前、無下に断われない。

「地面に着く前に、引き戻してやる」
ディアルからも言われ、箒を手渡される。
後戻りできなくなって、屋上の端へ行く。
下を見ると、緊張で唾を飲んだ。
二人の視線を感じ、箒にまたがる。
ここはディアルを信じ、真っ直ぐ前を向いたまま、飛び降りた。


一気に体が落ちてゆき、ものすごい風圧が通り抜けていく。
感じたことのない重力に、これはまずいと冷や汗が出てくる。
地面が近づき、一瞬、死のイメージが脳裏をよぎる。
そんな怯えを察してくれたのか、地面からだいぶ距離があるところで速度が弱まってゆき、空中で静止した。
高度は徐々に上がり、ふらふらと屋上へ戻る。
地面に着地したとき、まだ体が浮ついているような感じがしていた。

「もう・・・二度とやらない」
箒をキーンに突き返し、おぼつかない足取りで屋上を後にした。
「ディアルさん、途中で止めたのですか?」
「いや、寸前で止めるつもりだった」
「そうですか、それはそれは・・・」
キーンは箒を手に、一人ほくそ笑んでいた。




なんやかんやで、翌日も部活へは行く。
箒の一件はもうこりごりだが、家に帰ってぼんやりするよりは部室にいたほうが居心地がよかった。
「ソウマさん、もう来ていただけないかと思ってしまいました」
部室に入るなり、キーンが笑顔で出迎える。
「もう、箒はこりごりだから」
「ご心配なく、今日は悪魔召喚のリベンジですよ」
どうしたら心配がいらないのかわからないが、部室にディアルが控えていることが唯一の安心感だった。
部屋の奥には昨日とはまた違う魔法陣が描かれていて、青白い炎を宿した蝋燭が並べられている。

「満月までまだ日があるけど、大丈夫なのか?」
「満月は上級悪魔を呼ぶ時だけでいいのです。今回はお試し版のようなものですよ」
キーンは魔法陣の前に立ち、砂鉄のような黒い粉を振りかける。
手招きされて、あまり気の進まないまま隣に並んだ。
ディアルは、相変わらず本の虫だ。

「さあ、今度こそ呼び出しますよ」
キーンか魔法陣に手をかざすと、黒い粉が旋風に巻き込まれたように渦巻く。
奇妙な気配がしたと思ったとき、魔方陣の中心からもぞもぞと何かが出てきていた。
おぞましい悪魔が出てくるのかと、緊張する。
旋風がおさまったとき、姿を現したのは

「・・・まりも?」
黒くて、ふさふさした球体だった。
「下級悪魔は、こんなものですよ」
まりもには小さな白い目があり、じっとこっちを見ている。
『モキャキュラピ?』
何か声がしたけれど、うまく聞き取れない。

「それにしても、何ともかわいらしいのが出ましたね」
『モキャピッキュラ!』
かわいい、という単語に怒っているのか、しきりに飛び跳ねている。
そんな姿を見ていると、ふわふわしていそうで触りたくなる。
思わず足を踏み出す。

「あ、ソウマさん、魔方陣には・・・」
キーンが何か言いかけたが、魔方陣の中へ入り、まりもを掴んでいた。
「わあ、ふかふかだ」
ボール型の犬を触っているようで、ほんのり温かくて柔らかい。
これが悪魔だなんて、何とも平和的に思える。
『おー?魔方陣に入ってくるなんて命知らずな奴だな!』
今のは、明らかにキーンの声ではない。
このまりもの声なのかと、目を見開いて硬直した。


『無視するなよー、聞こえてるんだろ?』
どう反応していいか、困惑する。
とりあえずまりもを床に置き、魔法陣から出た。
『モキャキャキュペ!』
まりもが追いかけてきたけれど、魔法陣の瀬戸際で壁にぶつかったように潰れる。
痛そうにころころ転がっていたのでつい手が出てしまって、よしよしと体を撫でていた。

『モキャ・・・』
気持ちいいのか、掌に擦り寄ってくる。
悪魔というよりは変わったペットのようで微笑ましかった。
そうして油断したとき、まりもが跳ねて腕に飛びかかり、袖口のボタンが取られた
捕まえる間もなく、魔法陣の中心へすっと入って消えてしまった。
袖はだらしなく糸がほつれてしまっている。

「かわいい奴だったな、ボタン取られちゃったけど」
「ソウマさん、あなたの能力は何でしたっけ?」
「えーと・・・バリア張ることだけど、紙装甲で役に立たないよ」
「そうですか、バリアねえ・・・ふふ・・・私の目に狂いはなかったようですねえ、ふふふ」
キーンはひときわ怪しく笑み、とても不気味だ。
ディアルも悪魔は興味深かったのか、じっとこっちを見ている。
「ソウマさん、明日私の家に来てください、必ずですよ、ふふふふふ」
「わ、わかった・・・」
不安で不安で仕方がなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今度は怪しい後輩との展開、いっちゃってるキャラは書いてて楽しいですな!